2026年6月8日、米国防総省は、中国軍事企業に関する「Section 1260Hリスト」の最新版を公表しました。今回の更新では、主要な指定企業とその子会社を含む188の事業体が掲載されています。このリストに基づく契約禁止措置は、2026年6月30日から適用されます。米国防総省と取引のある防衛関連企業にとっては、すぐに対応が必要な重要事項です。
しかし、この問題は防衛産業だけに限られません。グローバルに事業を展開する企業、金融機関、サプライチェーン管理を行う企業にとっても無視できないリスクです。なぜなら、リストに掲載されている企業そのものだけでなく、その企業が所有・支配している関連会社、取引先、投資先などを通じて、思わぬ形でリスクが広がる可能性があるためです。
今回の1260Hリストには、80の主要指定企業とその子会社108社が個別の社名も含めて掲載されています。対象分野は航空宇宙、半導体、海運、ゲノミクス、監視技術、電気自動車、通信、デジタルサービスなど幅広いです。具体的には、AVIC、Huawei、COSCO SHIPPING、SMIC、DJI、BGI Group、BYD、CATL、Tencent、Alibaba、Baiduなど、日本企業にもなじみのある企業名が含まれています。これらの企業は、中国政府機関、中国人民解放軍、中国の産業政策機関、または軍民融合政策との直接的、または間接的な関係があると見なされ、リストに掲載されています。
防衛関連企業にとって最も直接的な影響は、契約禁止措置です。2026年6月30日以降、米国防総省は、リスト掲載企業やその支配下にある企業と、新たに契約を結んだり、既存契約を更新・延長したりすることができなくなります。さらに、2027年6月30日からは、第三者を通じて間接的に取得する製品やサービスにも制限の対象が広がります。つまり、単に「直接取引していないから問題ない」とは言い切れなくなったことが、今回の更新の重要なポイントです。サプライヤーや委託先、物流会社、販売代理店などを通じて、対象企業とつながっている可能性も確認することが必要となりました。
1260Hリストが防衛分野を超えて重要な理由
1260Hリストは、現時点では主に米国防総省の調達に関わるリストです。しかし、実務上はそれだけではありません。過去には、1260Hリストに掲載された企業が、その後、OFAC(米財務省外国資産管理室)の制裁リストやBIS(米商務省産業安全保障局)の輸出管理リストなど、より厳しい規制の対象になった例があります。
たとえば、AVICやSMICはOFACの制裁対象となっており、Huaweiは米国人による証券投資が制限されるリストにも掲載されています。また、SMICはBISのエンティティ・リストにも掲載されています。このように、「まず1260Hリストに掲載され、その後、より厳しい指定を受ける」という流れは、これまでの複数回にわたるリスト更新でも繰り返されてきました。したがって、コンプライアンス部門や金融機関が、このリストを政府調達にのみ関係するものと捉えるのは、リスクの読み違えとなってしまいます。リスト掲載企業およびその下流にある関連会社は、以下のような組織にとって、より高いリスクを示す存在となります。
銀行および金融機関
OFACのNS-CMICリストは、米国人による指定企業の証券取引を禁止しています。1260Hリストは、どの企業がその候補となり得るのかを示す資料でもあります。たとえば、銀行が1260H関連の保有構造にエクスポージャーを持つファンドを受け入れる場合、あるいは指定企業の未掲載子会社に関する取引を処理する場合、HuaweiやSMICの執行事例で見られたのと同様の下流リスクに直面することになります。現在のOFACリストやBISリストだけを対象にスクリーニングしているKYB(法人確認)およびKYC(顧客確認)プログラムは、規制リスクの把握において一歩遅れていることになります。
グローバルサプライチェーンを持つ多国籍企業
1260Hリストに掲載されている企業の中には、それぞれの分野で世界最大級の企業が複数含まれています。COSCO SHIPPINGは世界最大の海運会社であり、CATLは世界最大のEVバッテリーメーカー、BYDは販売台数ベースで世界最大のEVメーカーです。また、TencentとAlibabaは、グローバルなデジタルコマースの大きなシェアを有する企業です。サプライヤー、物流パートナー、販売代理店、テクノロジーベンダーなどを通じて、これらの企業と何らかの関係を持つ多国籍企業は、単純なリスト照合では表面化しないリスクを抱える可能性があります。
下流サプライヤーリスクの問題:SAYARIが発見した事実
1260Hリストに名前が掲載されている企業は、公的に指定された表層部分を示しているにすぎません。その背後には、構造的により大きな企業ネットワークが存在しています。SayariのCommercial World Modelは、250以上の国と地域における一次情報である政府登記情報をもとに、所有関係と支配関係をマッピングしています。6月8日のリストに掲載された企業のうち、わずか3社について下流の所有構造を辿っただけでも、リスト上に名前がある企業と、実際に確認すべきリスク範囲との間に大きな隔たりがあることが明らかになりました。
AVICは、中国のSASACが管理する航空宇宙・防衛分野のコングロマリットです。1260Hリストには、AVICの関連会社として14社が掲載されています。しかし、SAYARI GRAPHの分析では、この14社を大きく超える下流の企業ネットワークが確認されています。そのネットワークは、中国、米国、メキシコ、ロシア、香港にまたがる複数の子会社階層を通じて広がっています。リストは掲載された表層部分を示しているにすぎませんが、SAYARI GRAPHによる分析はその構造を示しています。
COSCO SHIPPINGについては、リスト上に5つの企業が掲載されています。Sayariが所有関係をたどったところ、少なくとも最初の結果ページだけでも、日本、韓国、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フィジーで事業を行う下流子会社が確認されています。COSCOの世界的な港湾投資、物流子会社、コンテナ事業は、主要な貿易ルート全体に広がっています。これらの事業会社はリスト上に名前が掲載されていませんが、いずれも1260Hに由来する所有関係リスクを負っているのです。
Huaweiの持株構造には、リスト上で2つの事業体が含まれています。一方、Sayariによる調査では、オランダ、ニュージーランド、香港、中国、ミャンマーなどに存在する下流子会社を特定しています。たとえば、オランダのHuawei Technologies Cooperatief U.A.、香港のHuawei Global Finance、複数のデバイス関連会社や地域別の事業会社などです。これらは、世界各地の調達判断、ベンダー契約、銀行取引の場面に実際に登場する企業です。しかし、6月8日に更新された1260Hリストには、これらの企業名は掲載されていません。
AVICやCOSCOのようなコングロマリットの下流ネットワーク全体は、複数の国や地域にまたがる数百の関連企業に及びます。したがって、企業名が掲載されたリストは出発点であって、抱えているリスクの全体像ではないのです。
リスクの背後にあるデータ上の問題
この問題を見た目以上に難しくしている構造的な課題が2つあります。
第一に、中国の企業登記情報では、所有関係が一律に開示されているわけではありません。また、企業は外部から見える情報量を減らすために、組織再編や社名変更を行うことがあります。さらに一部の企業は、軍民融合との関係を明示する記載を、現在の公開書類からすでに削除しています。そうした記載が削除される前の情報を捕捉した過去の登記データがなければ、その関係性は外部から見えなくなってしまいます。Sayariは一次情報で確認できる範囲まで遡って過去のデータを保持しているため、企業が公開プロフィールを更新した後であっても、過去に存在した関係性を追跡できます。
第二に、規制執行の流れそのものから鑑みて、何も対応しないことに対するリスクが高まっています。1260Hリストは、初めて公表されて以降、着実に拡大してきました。少数の企業から始まったリストは現在では134の企業にまで拡大しており、2025年1月および2026年6月の追加では、Alibaba、BYD、Baidu、RoboSenseなども含まれました。新たな企業が追加されるたびに、その企業との未開示の下流関係を持つ組織には、直ちにコンプライアンス上のリスクが発生します。取引先の所有構造を継続的にモニタリングしていない企業は、これらの追加指定に関して手遅れになってから気づくことになります。
Sayariが提供するもの
Sayariは、250以上の国と地域にわたる120億件超の一次情報を統合・解析しています。これは単なるリストではなく、企業間の関係性を構造化したグラフとして可視化されます。このグラフは、1260Hリストが提起するものの、リスト単独では答えられない問い、つまり「これらの企業には、他に何がどのようにつながっているのか」という問いに答えられるように構築されています。
金融機関向けに、SayariはKYBスクリーニングおよび実質的所有者分析をサポートしています。これにより、取引先の企業構造の中にある1260H関連の所有関係を、名称一致スクリーニングを通過してしまう前の段階で把握できます。Sayariが発見するリスクの72%は、グローバルな監視リストには記載されていません。
多国籍企業向けには、SayariのSupply Chain Mappingが、複数階層にわたるサプライヤーの所有関係を国や地域を横断して追跡します。これにより、政府公表リストに社名が掲載されているかどうかにかかわらず、対象企業が「米国Section 1260H掲載企業によって所有されている」リスクを持つ場合に、そのリスクを検出できます。
セキュリティクリアランスを持つ防衛関連契約企業や、FOCI(外国による所有・支配・影響)に関するコンプライアンスプログラム向けには、Sayariは主要な防衛機関と連携し、1260HおよびFOCIリスクスクリーニングを大規模に自動化することに成功しています。ある導入例では、数千件に及ぶ契約企業による提出情報を元に手作業で行っていた一次評価のプロセスを、リアルタイムのリスクスコアリングに置き換えることができています。
結論
6月30日の期限は目前に迫っています。リストに名前が掲載された企業は、あくまで出発点です。その先に必要となるのは、これらの企業がグローバルサプライチェーンや金融市場において、何を所有し、何を支配し、どこに影響を及ぼしているのかを理解する作業です。そして、まさにこのプロセスを支援するために構築されたのがSayariのプラットフォームです。